「……――…」

ふと、唐突に目が覚めた。
ぼんやりと部屋の中に視線を巡らせれば、仲間の厚かましい寝顔や布団からはみ出た手足などが見える。

…まだ、夜明け前、か。

そう眠気の残る頭で認識して、蓮はふっと小さく息をついた。
アメリカへ来て数日。
異国暮らしは慣れていたが、やはりそれなりに緊張していたのだろうか。

まだ日が昇るまで随分ある。
もう一度寝直そうかと、ごろりと寝返りを打った、その瞬間。





「……っ!!」





がば、と勢いよく跳ね起きた。
咄嗟に口を手で押さえ、声が漏れることはなかったけれど。

(な、な、な…)

ばくばく、と心臓が早鐘のように鳴っているのがわかる。
顔に血が昇ってくる。
蓮は布団の中を凝視したまま、固まっていた。

(何でこいつがここにいるんだ…!?)

蓮の視線の先で、いとも安らかな寝顔で丸まっているのは―――だった。
布団に入った時はいなかったはず。
ということは、自分が眠っている間にここに来たのだろう。
その気配に気付けなかったという事はつまり、確かに慣れない旅で疲れていた、ということなのかもしれないが。

狭いベッドの上、じりじりと後ずさった蓮の体重で、スプリングがぎしりと小さく軋んだ。
それが聞こえたのか――

「ん、…」

が小さく身じろぎした。
思わず蓮はびくっと身構える。
すると。

「…れん…?」

長い睫毛が持ち上がって、とろんとした瞳が奥から現れた。
そのまま、は目を擦りながらゆっくりと起き上がると、「どうしたの…?」と首を傾げる。

その動作に、ようやく蓮の硬直も解けた。

「ばっ、お前……一体どうしてここにいるのだ…!」

と、に詰め寄る。
もちろん小声で。
如何なる理由があれど、仲間達にこの場面を見られたらきっと面倒なことになる。

「お前は隣の部屋で寝た筈だろう…!」
「…うん、ねてた」
「ならどうしてここにいるッ」

そう言った瞬間、むにゃむにゃとホロホロの寝言が聞こえ、思わず蓮がそちらを振り向いた。
その目の前で。
ぼんやりとした顔のまま、がこくんと首を傾げた。

「う、ん…? ん……なんで、だろ」

の呑気な返答に、蓮は脱力した。

「―――でも、ね」

彼女は続ける。

「なんだか……さむかったの」
「は? …寒い?」
「うん」

だから蓮のところにきたの、とは言った。
だが余りに抽象的で、返す言葉に詰まる。
第一今はそこまで寒くない。
確かに外は夜になれば冷えるだろうが、此処はホテル。室内で、しかも適度に温度は保たれている筈である。

こいつ、そんなに寒がりだったのか?

そう釈然としないながらも思案する蓮の前で、は眠そうに目を瞬かせると、またごろりと横になった。

「おい、…」
「あのね」

慌てて止めようとした蓮だったが、の言葉がそれを遮った。

「…さむかったの」
「?」
「何だか身体がかたくて、おちつかなくて…」
「………」
「手がつめたくて。どきどきして、ねむれなくて―――……すごく、さむかったの」

でも、ここにきたらちょっとなおったの、と続ける。

「蓮、あったかかったから」

そういうと、にっこり笑い、またゆっくりと目を閉じる。
程なくして、再び静かな寝息が聞こえてきた。

(言いたいことだけ言って寝るか、こいつは)

蓮は呆れてひっそりと嘆息した。
彼女の考え方はやはり良くわからない。
寒かったからと言って、普通こんなところに来るだろうか。
単純なのか、鈍感なのか―――



――――――否。



「それは寒いのではなく……緊張しているというのだ。阿呆」

やはり慣れない旅と、先の見えない不安は、彼女も感じていたらしい。
その結果の表れがこの行動なのだろう。

「………」

蓮は無言で、くしゃくしゃとの頭を撫でてやった。
彼女が起きる気配はない。

その寝顔に。
このまま叩き起こして、追い出すことも…出来なくて。

(とことん甘いな、俺は…)

そう言い訳がましく心の中で呟くと、しばしの思案の後、蓮もごそごそと遠慮がちに布団に潜った。
もちろんから出来る限り距離を取る。
とは言え、このベッドは本来一人用で、当然狭い。
故にどれだけ蓮が離れようとしても、相手の気配と体温を肌で感じてしまうのは必然なわけで。

(俺も疲れてるし眠いんだここでこいつを起こしても恐らく事態は変わるまいだからこれは不可抗力だ明日朝一番に起きたらそのときは何が何でもこいつを元の部屋へ連れて行くぞよしそうしよう決めた今決めた)

…細々とした雑念を必死で振り払いながら、蓮はきっちりと目を閉じ、ひたすら眠ることに集中した。
無論、明朝は誰よりも早く起きる、と己の意識に刻み付けて。










部屋は再び、静寂に包まれた。
窓の向こうには、皓皓と輝く月。
この先に待ち受ける彼らの未来を、静かに見守るように。